クリエイターとしてのものの見かた・・・・
業界内において、よく出てくる話題だ。
仮に平面のデザイナーであれば、
レイアウトだとか、バランスだとか、どういった処理をしているだとか、
映像であれば、編集点がどうだとか、どんな撮影のしかたで撮られてるだとか、
一般的にはそういう事を言われる事が多い。
また、こういう見かたをする人は、
こういう見かたが出来ないクリエイターを馬鹿にする傾向もある気がする。
しかしながら、私はこには非常に懐疑的だ。
仕上がった作品を見るべき対象となる人は、そんな見かたはしない。
一般の人と同じ目線でものを見れないクリエイターが、
はたして本当に良いものを作れるだろうか?
それ以前に、そんな見かたをしても純粋に作品を楽しめない。
ようは、
良いか/悪いか、楽しめたか/楽しめなかったか。
それ以外に、ないと思う。
作品としては、いまいちだけど、技量的に凄い・・・
などというものに、価値があるとは私は思わない。
どちらかというと、逆の方が価値があるように思う。
2009年08月26日
2009年08月01日
ストイック
思えば広告業界に入ってキャリアも浅く、
駆け出しで、何もさせてもらえなかった時、
ちょうど、20代中盤の頃。
私は、こんな事を言っていた。
やりたい仕事を一つする為には、
やりたくない仕事を9つ進んでやれ。
この言葉に色んな意味を込めて、
自身に言い聞かせてたように思う。
ストイックだったなぁ・・・・あの頃は。
あの頃の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。
もう、憶えてはいないが、
想像していた将来の自分像になっているだろうか。
駆け出しで、何もさせてもらえなかった時、
ちょうど、20代中盤の頃。
私は、こんな事を言っていた。
やりたい仕事を一つする為には、
やりたくない仕事を9つ進んでやれ。
この言葉に色んな意味を込めて、
自身に言い聞かせてたように思う。
ストイックだったなぁ・・・・あの頃は。
あの頃の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。
もう、憶えてはいないが、
想像していた将来の自分像になっているだろうか。
2009年06月11日
確認するということ。
新しい事を覚えた時に、
確認作業をしない人って増えたなぁ・・・って思う。
『それってどうなの?』
それがない。
ある意味、素直で良いんだが、
間違った事でも知らずに受け入れてしまう恐れもある。
近年、日本語の意味がコロコロと変わっていくことが、
問題になっていたりするが、
こういう人間の行動の変化も、
その要因となっているのかもしれない。
そんなことを思う今日この頃。
確認作業をしない人って増えたなぁ・・・って思う。
『それってどうなの?』
それがない。
ある意味、素直で良いんだが、
間違った事でも知らずに受け入れてしまう恐れもある。
近年、日本語の意味がコロコロと変わっていくことが、
問題になっていたりするが、
こういう人間の行動の変化も、
その要因となっているのかもしれない。
そんなことを思う今日この頃。
2009年05月17日
また、自意識過剰でしょうか。
なんだか、よく分からん。
http://www.nintendo.co.jp/wii/features/wiinoma/index.html
最近、『広告の広告』など、
作り手の自意識過剰的なコンテンツが目に付くんで、
これも、また、そんなものかなぁ・・・なんて思っちゃったり。
まだ、よく調べてないんで、
お門違いの事を書いてたらスイマセン。(^^;
http://www.nintendo.co.jp/wii/features/wiinoma/index.html
最近、『広告の広告』など、
作り手の自意識過剰的なコンテンツが目に付くんで、
これも、また、そんなものかなぁ・・・なんて思っちゃったり。
まだ、よく調べてないんで、
お門違いの事を書いてたらスイマセン。(^^;
2009年04月22日
情報を受け入れる気がない人
映画を見にいく時、以前は早朝の上映を観にいってたのだが、
最近、時間の都合でレイトショーに行く機会が増えた。
このレイトショーというのがクセモノで、
飲み会の帰りだったりとか、
そういう状況で劇場に足を運んだりしてる人もいるので、
マナーの悪い客とバッティングする事が良くある。
この劇場でのマナーが悪い客というのは、
殆どの場合が、上映ギリギリにバタバタと館内に入ってきて、
入ってきたかと思えば、バリバリと音を立てて、
ビニール袋を漁ったりするパターンが多い。
当然、劇場で上映前に流れる、
マナーを告知するコンテンツなどは観ない。
観ないというより、その時間にその場にいない。
職場で遅刻者が増えた時の朝礼で
『気が緩んでる!! 気をつけろ!!』と
常習犯がその場にいないのに一喝するような矛盾に良く似ている。
一番、情報を届けなければならないところに、届いていないのだ。
また、もうひとつパターンがある。
その、マナー告知のコンテンツを見ないパターンだ。
これもまた、面白いもので、
劇場でのマナーの良い客というのは、
そういったコンテンツも行儀良く見てる。
ところが、マナーの悪い客は見ない。
スクリーンに『上映中の○○○はお控えください。』と映されているのに、
携帯電話や会話、持ち込んだお菓子等、
その○○○を行うことに夢中になって見てない場合が多い。
こういう状況を見かねてか、マナー告知に著名人を使ってみたり、
ちょっと映像に凝って見させようとしたりと、劇場側も策を打ってはいる。
凝ったものになると、映画のキャラクターを出演させたりもしてる。
しかし、やっぱり届かない。
『情報を受け入れる気がない人に、
いかにして情報を受ける体制を作らせるか。』
これは、広告制作の基本だ。
でも、この部分はえげつないやり方であれば難しくはないのだが、
スマートに行おうと思えば思うほど難しい。
私が劇場主だったらどういった告知をするだろうか。
そんな事を考えた。
結局、えげつないやり方しか思い浮かばなかった。orz
(各シートにマイクを取り付けて、
上映1分前から音を出したらスピーカーから流れるようにしたら、
私語もお菓子の袋の音も、きっとなくなるだろうなぁ・・・とか。)
まだまだやなぁ・・・。(^^;
最近、時間の都合でレイトショーに行く機会が増えた。
このレイトショーというのがクセモノで、
飲み会の帰りだったりとか、
そういう状況で劇場に足を運んだりしてる人もいるので、
マナーの悪い客とバッティングする事が良くある。
この劇場でのマナーが悪い客というのは、
殆どの場合が、上映ギリギリにバタバタと館内に入ってきて、
入ってきたかと思えば、バリバリと音を立てて、
ビニール袋を漁ったりするパターンが多い。
当然、劇場で上映前に流れる、
マナーを告知するコンテンツなどは観ない。
観ないというより、その時間にその場にいない。
職場で遅刻者が増えた時の朝礼で
『気が緩んでる!! 気をつけろ!!』と
常習犯がその場にいないのに一喝するような矛盾に良く似ている。
一番、情報を届けなければならないところに、届いていないのだ。
また、もうひとつパターンがある。
その、マナー告知のコンテンツを見ないパターンだ。
これもまた、面白いもので、
劇場でのマナーの良い客というのは、
そういったコンテンツも行儀良く見てる。
ところが、マナーの悪い客は見ない。
スクリーンに『上映中の○○○はお控えください。』と映されているのに、
携帯電話や会話、持ち込んだお菓子等、
その○○○を行うことに夢中になって見てない場合が多い。
こういう状況を見かねてか、マナー告知に著名人を使ってみたり、
ちょっと映像に凝って見させようとしたりと、劇場側も策を打ってはいる。
凝ったものになると、映画のキャラクターを出演させたりもしてる。
しかし、やっぱり届かない。
『情報を受け入れる気がない人に、
いかにして情報を受ける体制を作らせるか。』
これは、広告制作の基本だ。
でも、この部分はえげつないやり方であれば難しくはないのだが、
スマートに行おうと思えば思うほど難しい。
私が劇場主だったらどういった告知をするだろうか。
そんな事を考えた。
結局、えげつないやり方しか思い浮かばなかった。orz
(各シートにマイクを取り付けて、
上映1分前から音を出したらスピーカーから流れるようにしたら、
私語もお菓子の袋の音も、きっとなくなるだろうなぁ・・・とか。)
まだまだやなぁ・・・。(^^;
2009年04月07日
レオナール・フジタ(藤田嗣治)の絵
地元で、レオナール・フジタ展があっていたので、
週末に足を運んできた。
藤田嗣治(レオナール・フジタ)- Wikipedia
私自身、特にレオナール・フジタの作品が好きだったわけでもない為、
仕事柄、何かしら吸収するものもあるだろうぐらいの気持ちで出かけたのだが、
数点の作品に、妙に魅せられてしまって、
気が付けば図録まで買ってしまう有様・・・。
その数点の作品というのが、
フジタの特徴である乳白色を全面に押し出した作品ではなく、
キリスト教を題材にした作品だった。
私はあまり詳しくないので、良くわからないのだが、
これは洗礼後の作品になるのだろうか。
色使い、奥行き感がそれまでの作品とはまるで違った。
中でも、『イヴ』と題された作品は特に気に入ってしまい、
絵の前から動けなくなってしまった。
美しい女性と、周囲に配置された獣の対比。
手にもたれたリンゴの意味など、
色々な想いが脳裏を駆け巡る。
しかし、今その想いを書こうとキーボードを叩いているが、
どうにも、その衝撃を言葉で語る事は難しい。

家に帰って、図録で同じ絵を見てみた。
やはり本物の魅力には、印刷物ではまるで届かない。
当たり前と言えば、当たり前の話だが、
本物と印刷物の差を、見せ付けられた気がする。
週末に足を運んできた。
藤田嗣治(レオナール・フジタ)- Wikipedia
私自身、特にレオナール・フジタの作品が好きだったわけでもない為、
仕事柄、何かしら吸収するものもあるだろうぐらいの気持ちで出かけたのだが、
数点の作品に、妙に魅せられてしまって、
気が付けば図録まで買ってしまう有様・・・。
その数点の作品というのが、
フジタの特徴である乳白色を全面に押し出した作品ではなく、
キリスト教を題材にした作品だった。
私はあまり詳しくないので、良くわからないのだが、
これは洗礼後の作品になるのだろうか。
色使い、奥行き感がそれまでの作品とはまるで違った。
中でも、『イヴ』と題された作品は特に気に入ってしまい、
絵の前から動けなくなってしまった。
美しい女性と、周囲に配置された獣の対比。
手にもたれたリンゴの意味など、
色々な想いが脳裏を駆け巡る。
しかし、今その想いを書こうとキーボードを叩いているが、
どうにも、その衝撃を言葉で語る事は難しい。
家に帰って、図録で同じ絵を見てみた。
やはり本物の魅力には、印刷物ではまるで届かない。
当たり前と言えば、当たり前の話だが、
本物と印刷物の差を、見せ付けられた気がする。
2009年03月26日
平和の反対語って・・・
最近、平和という言葉について考えてみた。
平和・・・反対語は『争い』かなと思った。
でも何かが違うような気がする。
争いごとがなくても、天災もそうだし、病気もそう、
小さなところで言えば、心理的に厳しい時も平和とは思えない。
小学館の辞書によると、
『おだやかで、やわらいでいること。静かでのどかであること。』とある。
そう考えると、“平和”の反対は争いではない。
では、平和の反対ってなんだろう・・・・。
一つの仮定を思いついた。
『希望』
そういえば、パンドラの箱の物語は、
最後に出てきたのは、色々説はあるようだが、
希望だったり、予知だったり、未来に関するものというのは、
大よそどの説も同じようである。
パンドラの話では、災いだなんだと、
ネガティブなものが箱から出て行った後、
希望が最後に出てきたという美談で終るが、
よく考えると、美談でもなんでもない。
この希望がなければ、人生なんてつまらないものになるが、
世の中にある、“苦”の感情の半分…
いや、それ以上がなくなるように思える。
(もちろん、それと一緒に喜びもなくなるのだろうが。)
希望があるから、人は悲しむ、
希望があるから、人は怒る、
希望があるから・・・
思えば、希望がなければ戦争なんかしない。
考えてみたら、近未来を題材とした映画で、
平和と秩序が保たれた世界の描写は、希望のない世界の場合が多い。
希望という言葉は『欲』と非常に近い言葉だ。
『俺の希望は、もっと良い生活する事』
『俺は、もっと良い生活がしたいという欲がある』
ほとんど同じ意味で使っても、受け取るイメージは全然違う。
う〜ん・・・・
なんだかだんだん、
何が言いたいのか解らなくなってきて、
話に収拾がつかなくなってきたのでこの辺で逃げます。
平和・・・反対語は『争い』かなと思った。
でも何かが違うような気がする。
争いごとがなくても、天災もそうだし、病気もそう、
小さなところで言えば、心理的に厳しい時も平和とは思えない。
小学館の辞書によると、
『おだやかで、やわらいでいること。静かでのどかであること。』とある。
そう考えると、“平和”の反対は争いではない。
では、平和の反対ってなんだろう・・・・。
一つの仮定を思いついた。
『希望』
そういえば、パンドラの箱の物語は、
最後に出てきたのは、色々説はあるようだが、
希望だったり、予知だったり、未来に関するものというのは、
大よそどの説も同じようである。
パンドラの話では、災いだなんだと、
ネガティブなものが箱から出て行った後、
希望が最後に出てきたという美談で終るが、
よく考えると、美談でもなんでもない。
この希望がなければ、人生なんてつまらないものになるが、
世の中にある、“苦”の感情の半分…
いや、それ以上がなくなるように思える。
(もちろん、それと一緒に喜びもなくなるのだろうが。)
希望があるから、人は悲しむ、
希望があるから、人は怒る、
希望があるから・・・
思えば、希望がなければ戦争なんかしない。
考えてみたら、近未来を題材とした映画で、
平和と秩序が保たれた世界の描写は、希望のない世界の場合が多い。
希望という言葉は『欲』と非常に近い言葉だ。
『俺の希望は、もっと良い生活する事』
『俺は、もっと良い生活がしたいという欲がある』
ほとんど同じ意味で使っても、受け取るイメージは全然違う。
う〜ん・・・・
なんだかだんだん、
何が言いたいのか解らなくなってきて、
話に収拾がつかなくなってきたのでこの辺で逃げます。
2009年03月18日
同じ日本語でも
■『なるほどですね』について、NHKがとったアンケート。
http://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/qa/kotoba_qa_09030101.html
最近、耳にするというよりも、
九州では昔から言ってるような気がする。
その為、福岡で生まれ育った私は、違和感も何もない。(^^;
福岡(博多)って地域は、方言を敬語で使ったりするので、
特別、こういうのに違和感を感じないのかもしれない。
『これ、使っても良かとですか?』
『それは知らんかったですばい!!』
『何ばしよっとですか?』
私は、極力目上の者には使わないようにしてるが、
よほどかしこまった席以外では、
こういうのが許される土壌があるし、
そんな福岡が好きだったりする。
『なるほどですね』にしても、『はい』とか『ええ』で終らせられるよりは、
そう言ってもらった方が、“理解してもらえた”という気になるのは、
それは私がただ、ぬるま湯に浸ってるだけなのだろうか。
変にかしこまるよりは、人の暖かみを感じる気がするのだが。
逆にこっちにずっと住んでると、
中央の言葉遣いは、非常に冷たく感じて、
信用できないといった印象を持つ事も多々ある。
(もちろん、話し方なども含めて人によりけりだが)
何が正しいとか、何が間違ってるというよりも、
誰に対して、どんな言葉を使うかを考える方が良いのでしょうね。
(もちろん、メディアの場合は、正しさを考えなきゃいけませんが。)
http://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/qa/kotoba_qa_09030101.html
最近、耳にするというよりも、
九州では昔から言ってるような気がする。
その為、福岡で生まれ育った私は、違和感も何もない。(^^;
福岡(博多)って地域は、方言を敬語で使ったりするので、
特別、こういうのに違和感を感じないのかもしれない。
『これ、使っても良かとですか?』
『それは知らんかったですばい!!』
『何ばしよっとですか?』
私は、極力目上の者には使わないようにしてるが、
よほどかしこまった席以外では、
こういうのが許される土壌があるし、
そんな福岡が好きだったりする。
『なるほどですね』にしても、『はい』とか『ええ』で終らせられるよりは、
そう言ってもらった方が、“理解してもらえた”という気になるのは、
それは私がただ、ぬるま湯に浸ってるだけなのだろうか。
変にかしこまるよりは、人の暖かみを感じる気がするのだが。
逆にこっちにずっと住んでると、
中央の言葉遣いは、非常に冷たく感じて、
信用できないといった印象を持つ事も多々ある。
(もちろん、話し方なども含めて人によりけりだが)
何が正しいとか、何が間違ってるというよりも、
誰に対して、どんな言葉を使うかを考える方が良いのでしょうね。
(もちろん、メディアの場合は、正しさを考えなきゃいけませんが。)
2009年02月14日
近づく春
2009年02月09日
永井一正の版画
永井一正展が、市立美術館(福岡)であってたので、
ちょっと、足を運んできた。
永井一正といえば、元々広告業界の方で、
JRのシンボルマークなどをデザインした方だったりする。
なので、一応同業者なもので、(格が全然違いますが・・・)
色々と、勉強になるかなと思い行ったのだが、
残念ながら、実力が違いすぎて、
勉強どころじゃなかった・・・orz
今回は、版画メインの展示会で、
規模も小さく、展示作品もかなり少なかったのだが、
そのバランスや色使いに共感しつつ、
表現手法に驚いたりしていたら、
なんだか、結構時間がかかってしまった。(^^;
中でも、近くでみると無意味な幾何学模様が、
少し離れると、立体感がでて、
2層3層のレイヤー構造の絵に見えるような作品があって、
非常に面白くって、近づいたり離れたりして、
何度も、何度も見ていたのだが・・・・
誰もそれに気付かなかったようで、
他のお客さんは近くで見て、
良くわからないって表情で素通り。
お〜い、せっかく来たんだからちゃんと、
ちゃんと理解して見ないと勿体無かばい。(^^;
ちょっと、足を運んできた。
永井一正といえば、元々広告業界の方で、
JRのシンボルマークなどをデザインした方だったりする。
なので、一応同業者なもので、(格が全然違いますが・・・)
色々と、勉強になるかなと思い行ったのだが、
残念ながら、実力が違いすぎて、
勉強どころじゃなかった・・・orz
今回は、版画メインの展示会で、
規模も小さく、展示作品もかなり少なかったのだが、
そのバランスや色使いに共感しつつ、
表現手法に驚いたりしていたら、
なんだか、結構時間がかかってしまった。(^^;
中でも、近くでみると無意味な幾何学模様が、
少し離れると、立体感がでて、
2層3層のレイヤー構造の絵に見えるような作品があって、
非常に面白くって、近づいたり離れたりして、
何度も、何度も見ていたのだが・・・・
誰もそれに気付かなかったようで、
他のお客さんは近くで見て、
良くわからないって表情で素通り。
お〜い、せっかく来たんだからちゃんと、
ちゃんと理解して見ないと勿体無かばい。(^^;


